勉強をやる時の意識
計算科目の勉強方法は、例題なり問題集なり答練なりを解くことがほとんどだと思う。
理論科目の勉強方法は、読んだり書いたり話したり見比べてみたりと、バリエーションは多いのかなと思う。
ただ、形の話はみんな似たり寄ったりになりがちだと思うから、計算科目をやる時、自分がどんな意識でやっていたのかを書いていこうと思う。
勉強初期の頃
最初の頃は「とりあえず解けるようになって、理解を深めるのはその後にしよう」
という感じで解いていた。
このやり方を聞いた人は、いやこれはダメでしょうと思うかもしれない。
じゃあどんな勉強方法が良いか?と訊いたら、
仕訳の意味を理解して、期中仕訳なのか決算整理仕訳なのかを理解して、PLBSのどこに跳ねてくるのかも理解して、なんなら理論と併せてその論点に取り組む。更に、過去問ではどんな風に出題されているのかまでチェックできるとなお良い。
みたいな回答になるんじゃないかと思う。
要は、ただ解けるようになるだけではなくて意味も考えましょうということだと思う。
正直、そんな回答になるのは勉強初期の頃からわかっている。
わかっているけどその方法を採っていないのは、そのやり方ができないからという単純な話。
一緒のタイミングで勉強をやり始めた人らができることが全然できない。今まで勉強をしてこなかったことが響いてるのか、頭の使い方みたいなことがまるでわからない。効率的うんぬんの前に、勉強の復習ってどうやんの?みたいなレベル感の話。これは会計士勉強の間ずっと自分を困らせたけど、完全に自業自得なので仕方ない。
あらゆる場面でよく思っていたのは、理解って、どこまで理解したらこの論点を理解し終えたことになるんだろう。
どのタイミングで次に進んでOKなんだろう?
ということ。これが長らくわからずにとても苦労した。
例えば減価償却費の計算。
計算問題を解く上では、簡単な問題であれば取得日・取得価額・耐用年数や償却率がわかれば減価償却費が出せてしまう。出せてしまうが、表面しか理解できていない or 全く理解できていない状態だと、少し捻った問題になっただけで、もう解けなくなってしまう。
ミニテストや答練で、捻った問題が出てきて解けない場面が早々にくる。この時にどう考えたかというと「理解ができないならあらゆるパターンの問題に触れて解けるようにしてしまえ」という風に考えた。
自分の長所であるど根性がまずい方向にがっちり噛み合っている状態。今思い返すと、よくこんな方向に全力で走り出したなと思うが、当時の自分にできることを一生懸命やっていただけなのは自分が一番わかっているので、なんともいえない気分になる。
計算科目の怖いところは、言うても全ての問いが捻ったもので出てくるわけはないので、このやり方でもそこそこは点数が取れてしまうということ。点数が取れると力が付いてきていると勘違いして、またこのやり方に拍車がかかる。悪循環もいいとこ。
自分の勉強生活を後から思い返すと、ガタガタのまま積み木を組み上げていって、途中でこれではゴールに届かないと気づいて崩す。そして少しガタを直してまた積んで、また届かないと気づいて崩して。ということを何回もやっていた気がする。
当時はそれしかできなかったのだから仕方ないが、はたから見れば実験でもしているのかなと思うくらいに不思議な受験生が出来上がっていたんだと思う。
コメント